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小学校校内で少女殺しが起きた

30年前の被害者少女、由紀は殺害される前に別の事件を目撃していた。少女の手元には犯人につながる証拠を所持していた形跡があった。犯人は今もこの街にいるのだと葉山は察した。やがて、同僚の永田が殺害され、身近に犯人がいることに気づいたとき、事態は大きく展開した。犯人は意外にもよく知る人物だった。

書籍のプロローグ

一九八〇年

 鳥の囀りがいつもより甲高かった。
入梅ながら、今日は爽やかな空気を感じた。こんな日は仕事などせず、ゆったりしたいものだ。立花朝子はそう思いながら校舎の表門付近のごみ拾いも終わり一息ついたばかりだ。あとは学校裏門付近を回れば済む。再びレンガ造りの花壇から重い腰を上げた。小学生の清掃だけでは十分綺麗とはいえない。校長はそのままでも良い、在りのままの姿を見せれば良いと言うが、長年、用務員の立場からしたら、学校の玄関付近がごみだらけなのは些かプライドに反し、次年度の自分の雇用延長にも響くというものだ。
 今日はほとんどの児童は下校していた。午後三時を過ぎたばかり。教職員の校内研修のため児童を全員帰宅させるが、所々の教室には、まだ子どもが残っていた。「早く帰りなさい」と追いたてる教師の声が窓から校庭に響いた。その声を無視するかのように、鉄棒付近で数人の上級生が喋りこんでいた。笑ってしまった。子どもたちがまるで大人の立ち話同然の振る舞いだったからだ。下校音楽が鳴ってからすでに一時間近い。徹底されない状況に呆れる。どうやら今日も最後に帰すのは自分しかいない。立花はそう思い溜息をついた。
 校庭の子どもたちに呼びかけ帰宅させる。次に校舎脇の体育館入口で座り込んでいる中学生を外へ出した。流行のTOKIOという曲をラジカセで聴いている。なぜ、君はここにいるのかと立花は訊ねた。中学校も今日は研修日らしい。部活動も無く、こうして母校を訪れたようだ。当時の担任はいない。別の学校に転任したと教えた。中学生は音を止めて残念そうに正門へ歩いていった。何か相談したい事でもあったのだろうか――。どうせ聴くなら、曲は昴のほうがわたしは好きだ――立花はひとり呟きながら見送った。
 児童のいなくなった校内は静かなものだ。一学期もあとわずかで夏休みを迎える。それまでにやることはたくさんある。花壇の栽培の手入れ。管理職の手伝いも少ないため、今年は自分に押し付けられたかたちだ。昨年までの教頭であれば手を貸してくれた。だが、深見教頭は四月に職に付いたばかりの新米管理職。デスクの書類と校長とのやりとりで精一杯なのが見てとれる。こんなときは校舎外の環境は用務員がバックアップするしかない。教職員は当てにならない。事務主事や用務員に見向きもしない教師も多数いる。同じ職場でありながら、通称七年生と呼ばれるわたしたちに目は入らない。 
 校舎裏を見回した。チラシや新聞がちぎれて落ちていた。他には通りから投げ込まれた週刊誌や煙草の吸殻が点々と散らばっていた。週刊誌の一つがめくれて記事が見える。【初場所全勝優勝の横綱三重の海関】のインタビュー記事だった。
苦労人で技能に長けたわざ師。そんな力士のイメージだ。チラシは政治的な批判文だった。数日前の六月十二日に急逝した総理大臣の代理内閣について批判する文言が並べられていた。来月にはモスクワでオリンピックが開かれるというのに、世の中が急に暗くなった気分だ。その五輪参加にも様々な不参加説が囁かれている。
わたしにはどうでもよいことだ。自分の生活とは隔たった世界だ。
散らかっている新聞の切れはしを拾い集め、手にしていた塵とりにのせた。裏門を確認し、『福田市立南及川小学校』の門柱を撫でながら、半開きの門扉を閉めようとした。
 気づくと、門の陰に隠れるように男の子が立っていた。
「まあ!浩太君、どうしたの?」思わず声をかけた。
一年生だ。よく事務室の前の廊下から顔を出して大人にかまってもらおうとする子だった。友達が少ないのだろう。事務主事の日高もわたしも、気分転換に彼をよくからかった。それが嬉しいのか、よく浩太は顔を出すのだ。
「ねえ、浩太君は、いったん家に帰ったの?」
「うん……」
「ここで何をしているの。低学年は早帰りだったでしょう……」

(※以下、略)

目次

プロローグ 一九八〇年
第一章 二〇一〇年
第二章 再捜査
第三章 証拠
第四章 クライムヴィクティムズ(犯罪被害者)
エピローグ

著者紹介
赤石紘二

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