朝日とろとろ ご購入はこちら 武家の娘と若い漁師の物語
東北の漁村で精いっぱい生きた 本の概要・紹介文
書籍紹介文
書籍冒頭のご紹介

 陸中海岸のほぼ中央に位置する宮古市、そこの田老地区真崎・乙部野の集落に昔より語り継がれている吉内家の黄金伝説がある。

 吉内家は源義経に仕えた家来の末裔と言われ、義経一族の財務を一手に担っていた。「衣川の戦い」で自刃したとされる義経だが、実は数人の家来と共にこの地宮古に落ち延び、その後北へ向かったという。その際、平泉で蓄えた金銀が義経再起の為の軍資金として一緒に運ばれ吉内某に託された。

 ところが吉内は途中不運にも病に倒れ、義経に同行できなくなった。治癒したらすぐに財宝と共に一行の後を追うということにして、真崎・乙部野に一時留まることになった。そして義経の財宝はすぐに、吉内の指示で人目のつかない所に密かに埋められた。

 しかし吉内の病は悪化して回復することなく、とうとう亡くなってしまった。吉内は亡くなる前、財宝の埋蔵場所を記した一枚の絵図と「朝日とろとろ夕日輝く曽根の松、漆まんぱい黄金おくおく」という謎めいた歌を妻子に残した。


* * * * * * *


 それから四〇〇年の歳月が流れ、時代は戦国末期になろうとする頃、細々と家系を保ってきた吉内家は旧家として近在に名を知られていた。

真夏の太陽が昇る頃、吉内家では十八歳になる志乃が朝餉の準備にかかっていた。母を数年前に病気で亡くし父正清と二人暮らしの志乃だった。

武家と言っても真崎・乙部野の小さな集落で、半農半漁の生活を送る日々だった。志乃は武士としての父正清の厳しいしつけに決して弱音など吐かなかった。

春から夏にかけては昆布や若芽の海草類を採集し、秋から冬の穏やかな日には鮑や雲丹を捕るというこの地特有の漁慣習に従って村の生活は営まれていた。志乃には今日も父が採集してきた若芽を砂浜に並べて乾かす作業が待っていた。

そんな一年の周期を送る志乃にとってのささやかな楽しみは、父について年に数度、海産物を納めに問屋が差し向ける帆船に乗り宮古の町に行くことだった。帰りには不足した生活に必要な品々を買い求め、時には着物や帯を買ってもらい再び村に戻って来るのだった。

真崎・乙部野に今年もお盆の季節が来て、各家々には盆飾りが仕立てられ、巷では線香の匂いが漂い始めていた。志乃も父を手伝い先祖と母の霊を迎える準備を整えた。

集落の中心にある辻には盆踊りの為に櫓が建てられ、夕方になると周りに篝火が焚かれた。そしてすぐに笛の音や太鼓の音に合わせて、集まった老若男女が一斉に踊り始めるのだった。

志乃も近所の年頃の娘たちと連れだって、踊りを見に出かけた。途中、若い男衆たちに何度か声をかけられたが、娘たちは笑って通り過ごした。最後に娘たちに声をかけてきた男衆の中に、時々浜で見かける若者の姿があった。

「あの方、浜で時々見かけるわ。誰なのですか?」と志乃が娘たちに問いかけると、娘の一人が

「確か猪(いの)久保(くぼ)の新左です。働き者で評判ですけど最近、妙な噂を聞きました」と答えた。

「どんな噂?」と別の娘が問いかけた。

「明神衆に関わっているらしいの……」

「えー、明神崎を根城にするあの海賊まがいの集団に!」

「新左……明神衆?」と志乃は口ごもった。

「志乃様、どうかなさいました?」

「何でもありませんわ!」と言うと、志乃はゆっくりと先方へ歩き始めた。

 その時、後ろからついて来た男衆に志乃たちは取り囲まれた。

「今夜は俺たちと一緒に、踊り明かそうじゃないか? 娘たちよ!」と男衆の一人が、からかい半分に声をかけた。すると志乃はその男に対峙して、毅然と返答をした。

「私たちに変なちょっかいを出したら、承知しないわよ!」

「元気のいい娘だな、お前は何処の家の娘だ?」と男が尋ねると、周りの男衆の中から声があがった。

「これは吉内家の志乃様じゃ! 大変じゃ、正清様に首を刎ねられるぞ」

 それを聞いた男衆は、蜘蛛の子を散らしたように一目散にその場から逃げ去った。志乃は、みんなと逃げていく新左を目で追った。新左は志乃の方を何度も振り向き、浜焼けした顔でにっこりと笑った。この時、志乃の心は少し高ぶった。浜で見る汗まみれの新左の顔と違って、なにか爽やかな笑顔だった。

「志乃様、男衆は皆、退散したみたいですね。私どもはこれから、どういたしましょう……踊りに加わります?」と娘たちが言うので

「そうしましょう」と言って志乃は踊りの輪の中に入って行った。その夜は遅くまで、太鼓や囃子の音が月に照らされた天空に響いていた。

著者紹介 飯塚芳樹の著者プロフィール
今すぐサンプルを見る Amazonサイトで確認する アマゾンで書籍を購入する
この書籍のAmazonでのレビュー


飯塚芳樹の関連図書
この書籍をお友達に紹介する

Twitterでシェアする Facebookでシェアする

このページにコメントする

書籍のご感想や著者へのご質問など何でもご自由にご記載ください。
(コメントの投稿にはFacebookへのログインが必要となります。)