愛のこぼれ ご購入はこちら この問いに、終わりはない。
数学がつないだ、ふたりの運命。

AI音声解説

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書籍のご紹介動画


本の概要・紹介文

安達晴子が通っている高校は進学に力を入れている。晴子は数学が好きで放課後教室に残り黒板を使って解いていた。今度赴任してきた数学の大山晴一先生は、どことなく頼りない気が晴子にはしていた。晴子が黒板一杯を使って数学問題を解いていたが、どうしても解けないでいると、大山先生が突然問題を解いて晴子を驚かせた。それ以来、大山先生は黒板に難問を書いて晴子に解かせるということになった。晴子が学校に残り勉強しているのが、他の生徒にも伝わり居残り勉強をする生徒が増えた。
晴子は大山先生に数学を教えていただくために家庭教師をお願いするが断られてしまう。大山先生は一人住まいで水曜日に母が食事を作りに来るので、その日だったらなんとか教えることが出来ると晴子に言った。晴子はとにかく数学の勉強がしたく大山先生の好意に甘えることにした。ところが先生は月謝はいらないと言って受け取ってくれない。晴子がどうしてもというのであれば、日曜日にアルバイトしてくれと言う。大山先生は動物が好きで、ポニーを実家で飼っているというのである。
晴子は大山先生の実家で日曜日にアルバイトすることになり、先生の両親から可愛がられる。
晴子は三年生になった夏休みに、晴子は大山先生に告白をする。そして夏休みも終わる頃に、大山先生から告白を受けることになる。先生と教え子という立場があるから、晴子が高校を卒業してからと言うことであったが、年が明けて一月に晴子の妊娠が判る。沢山の問題を抱えることになるがなんとか両家の努力で結婚することになった。四月に結婚式を挙げたが、なんと五月に晴子は流産してしまった。その上子宮と卵巣を全摘する手術を受ける。晴子は流産した上に子供を産めない躰になってしまい、晴子は晴一さんと別れる決心をする。併し晴一さんは絶対に別れないという。晴子は複雑な気持ちで苦しむが、結局晴一さんの言葉に励まされ、自分を見詰め直して離婚はしないと決める。晴一さんの勧めもあって物理学の勉強のために大学に入る。併し物理学ではと言う自問の後に病理学の勉強をしたくなり医学部受験を決める。
晴一さんとは大学入学以来十数年の別居生活となり通常の家庭生活を渇望する。二人が普通の家庭生活が始められた時、晴一さんは四十九歳、晴子三十一歳であった。併しながら二人の家庭生活は四年目に晴一さんが脳梗塞で倒れ、その上、晴一さんは植物人間になってしまう。晴子は晴一さんが回復することを疑わずに毎日仕事帰りに病室を訪ねる。晴子は一年以上目を覚まさない晴一さんにある日、晴一さんのベッドに下着姿で横になり、晴一さんの温もりを感じながら「晴一さん目を覚まさなければ私は浮気しますよ」と晴一さんの耳元で囁いた。もとより、晴一さんは目を覚まさず、晴子は涙を流すのみであった。
愛しに愛した晴一さん。二人で通常の家庭生活が送れたのは僅か十年にも満たない結婚生活。それもひとえに晴子に原因があってのことであるのに、晴子は晴一さんに浮気をしますと告げたのである。どんなに愛し合っていても「愛はこぼれる」ということを覚えずにはいられない晴子、とうとう一夜限りの浮気をしてしまう。その結果晴一さんは当てつけるようにして直ぐに逝ってしまったのである。

書籍冒頭のご紹介

一 晴子と大山先生


安達晴子の通っている高校は県内でも有数の進学校と言いたいところだが、まだそこまでの実績は残せていない。それでも毎年とは言わないが東大や京大に進学出来る生徒もいると言う程度の高校であった。
晴子の通う高校は二年前に赴任してきた校長先生が本校を県内有数の進学校にしたいという高い目標を掲げそして優秀な先生方を招き入れていた。晴子が二年生になった時も数人の先生方が入れ替わったが、転任してきた先生の中の一人になよなよとした頼りなさそうな、そして何を考えているのか全く分からないような先生がいた。その先生は数学の先生と紹介をされたのである。
晴子はもとより他の生徒達も一抹の不安を抱きながらその先生の授業を受けてみたが、それほど晴子達が心配するほどのことはなく特に変わった先生でもないようであった。一学期もほどなく終わると言う頃に進路指導があって、担任の先生が「この夏休みで君達の将来が決まる」と発破を掛けてきたのである。
夏休みに入ると直ぐに課外授業が始まり、理数系Aを選んだ晴子達四十八人には数学の特別授業があり、その担当の先生にあのなよなよとしている大山晴一先生が担当することになった。理数系Aのクラスには八人の女子生徒と四十人の男子生徒がいて、大山先生の授業は一日二時間の特別授業ということであった。
大山先生の特別授業の最初の一時間目はテストということになり、晴子はテストを受けながらこの先生で大丈夫であろうかとの思いが強く時々大山先生の様子を伺ったりしていたが、テストの問題は案外レベルが高く、どうしてという思いの中で晴子は問題に取り組んだ。晴子はこの試験問題はどうしてという疑問を持ちながら大山先生に視線を送ってみると、大山先生は熱心に本を読んでいた。晴子はなかなか解けない問題に苛立ちを覚えると共にこの先生で丈夫であろうかという一抹の不安を持った。
数学の特別授業の二時間は午前中にありテストは最初の一時間を使って行われたが、晴子にはどうしても解けない問題が二問あった。テストの時間が終わると大山先生はその場で採点を始めたのである。生徒達は十五分の休憩時間をトイレに行ったりしてリラックスしていたが、私語は少なかった。
晴子は席に座ったままガブリエーレ ダンツイオの詩集を取りだして読み始めた。
晴子が大山先生の立ちあがる姿を目の隅にとらえておやっと思った。やはり採点に集中出来なくて職員室に戻るのであろうと思っていると大山先生は窓の方に行き体操を始め体操が終わると遠くの山方を見ていた。
間もなく二時限目が始まり、大山先生は採点の終わった答案用紙を名前を呼びあげながら一人ひとり確認するかにして返した。晴子は返された答案用紙を見てバツ印のついている個所を見てやはりと思ったが、晴子は大山先生の顔と答案用紙を見比べながらたった十五分で四十八人のテストの採点をして、体操までしたのには驚いてしまった。大山先生は答案用紙を返した後で
「今から各人の席を言いますのでそれに従って下さい。席はテストの成績に依ってその都度席が変わる人もいるかもしれませんので承知しておくように」
大山先生はそのように言って窓側から縦順に名前を呼びあげ始め、名前の呼びあげが終わったところで教室は少しざわついたがそのざわつきも直ぐに終わり、生徒はこの席順の意味を理解したようであった。晴子は大山先生が決めた席順についておおよその見当がつき、それにしても十五分足らずの時間で四十八人分の採点をし、そして席順を決めてしまっていたのである。大山先生の席決めは成績に因る席決めのようで成績の良い者は前列に並ぶようになっていた。
大山先生の授業は理論整然として授業のスピードはとても早く、まるで自分の魂を生徒に入れ込むようにして教えてくるのである。特別授業の大山先生は、普段の先生の姿とは全く違っていて、人間はこれ程までの豹変が出来るものかと思わせるほどのものがあり、晴子は先生のエネルギーは何処から出ているのかと不思議に思いながら油断は出来ない、油断をすると置いて行かれてしまうと恐ろしくなってしまった。大山先生の授業は大学受験の為の授業ではなく、これは本格的な数学の授業だと思わせるものがあった。それだけに席順の意味は大きく、大山先生の授業は前列の生徒の反応により進められて行くということであろうかと思われた。こうしたことからテストに因る席決めはこれから大いにあり得ることだと思い、晴子は廊下側の前列にいたがその席も何時譲らねばならなくなるか分からないことだと思った。晴子は数学を不得意としている訳ではなく、寧ろ数学は好きな科目と思っていたが、これは余程勉強をしないとついていけないと一時限目のテストでそのように思った。
大山先生の授業の進め方は晴子が予想した通り前列の生徒の反応を見ながらどんどん進めて行くのであった。晴子は午後の課外授業の間もテストで分からなかった問題が頭から離れなく、化学の授業が終わっても席を立つことが出来なかった。晴子がわれに返った時、教室には既に誰もいなく生ぬるい風が窓から入っていた。晴子は頭の中で叫び続けている声に動かされるかのようにして黒板に向かっていた。晴子は自分が何故黒板に来たのかさえ意識しないままにチョークを探して一本だけ使いかけのチョークがそこにあるのが目に入り、晴子は夢中になって頭の中で叫び続けている問題を黒板に書いてみたのである。だが併し、その数学の問題は何度挑戦をしてみても解けなかった。晴子は黒板の全面を使って何度も書き直しながら挑戦を試みたが、やはり問題を解くことは出来なかった。それでも諦めることが出来なく一度黒板から離れて自分が取り組んでいる問題の解き方を見直してみたが、まるで曲がりくねった坂道を登るかのようにして立ち止まったり、少し歩いたりして問題を見直してみたがその問題は解けなかった。晴子は一端黒板の全部の字を消してからまた解き始めたのである。
晴子がわれに返ったのはチョークがもう使えない段階に来た時で、書こうとしても書けなかったので晴子は職員室にチョークを借り行こうとしたが、でも何故か自分に自信が持てないような気がして帰ることにしたのである。
晴子は家に帰っても数学の問題が頭から離れなく、食事中も入浴中も考え込んで母から何かあったのかと質問されたほどであった。
それでも翌日の数学の特別授業はなんとかクリア出来たが、それは晴子の頭の問題ではなく大山先生が昨日の授業の内容からレベルを下げただけのことであった。晴子は課外授業が終わった時、出来れば今日も黒板を使って問題を解きたいと思って帰り支度に時間を掛けていると古沢さんが「安達さん一緒に帰らない」と言ったが
「ああごめん。今日は少し用事があるので」
「ああそう。では今度また」
古沢さんは案外あっさりと引き下がりながら教室を出て行った。晴子は何だか古沢さんに不義理をしたように感じて落ち着かなくな、ったが取り敢えずトイレに行くことにして教室を出た。晴子は用を足しながらふとチョークが残っているだろうかと不安になり、慌てて教室に引き返し黒板に向かった。黒板の溝には何故か真新しいチョークが五本置かれていた。晴子は先ほどの化学の先生が忘れて行ったものと思い、そのまま黒板に昨日の問題を解き始めたのである。
晴子はチョークが残り一本となった時点でもまだ納得のいく解答が得られなく、何とか残り一本で納得のいく解答をしなければと焦りを感じていた。もう何度目の黒板全面消しをしたのか分からないほどの迷路の中で立ち往生をしていると、誰かが教室に入ってきたように感じたが晴子は振り返ることはしなかった。すると晴子の背後から忍び寄るようにして人が近づいてくるのを感じて、晴子が振り返ってみると大山先生が近づいていた。晴子は大山先生を確認すると晴子は無言でまた黒板に向かった。晴子は黒板の右側で問題の続きを解いていると、大山先生がいきなり黒板の中央に立ち赤のチョークで晴子の書いた数字の上に書き始めたのである。晴子は、大山先生は何故邪魔をするのかと訝かりながら教壇から下りて、大山先生の赤のチョークの数字を追い掛けてみると、そこには晴子の間違いを示すかのように赤い数字が続いていた。あれ程晴子が苦しんでいる問題をいとも簡単にと言えば当たり前のことであるが解いてしまっていた。
「問題はここ・・・でもここからまた別の解き方がある。ではこれからそれをやってみる」 
大山先生はそのように言って、赤チョークで書かれたところから消して白チョークで書き始めた。晴子は大山先生が解いて行くのを見詰めながらああそうかそうだったのかと思うところもあり、晴子なりに納得が出来た。大山先生が二つの解き方を無言で教えてくれ、晴子は答えの求め方もワンパターンでないことを教えてくれた気がして嬉しかった。
大山先生は次の日から必ず黒板に数学の問題を二問ほど書くようになってその二問を晴子が解くということを繰り返していると、その一週間後から十人ほどの生徒が教室に残るようになり問題を解くようになった。いつしか課外授業が終わってからより一層の勉強するグループが出来てしまっていた。
晴子が大山先生と関わりを持つようになったのは、晴子が高校二年の夏休みからであり、夏休みが終わる頃にはすっかり晴子は大山先生のことを見直していた。
夏休みの課外授業は晴子にとってとても印象深いものになり、大山先生の特別授業はそれなりの成果を出していた。晴子は大山先生のお陰で数学がより好きになり大学受験の為の勉強というより大山先生のような数学の先生になりたいと願うようになり、大山先生が特別に問題を出してくれることが嬉しくその問題を解くことによって自分の心が満たされて行くように感じるようになっていた。そうした晴子の姿に大山先生はより一層の難問を出して晴子のやる気を引き出すようにしながら、自分自身もまた海外の論文を精査するかのように教室の隅で勉強をしていたのである。それは他の生徒が帰った後の二時間ばかりの時間であった。
夏休みが終わり通常の課外授業が始まると、早朝と放課後の課外授業だけとなり、晴子はなんとなく物足りなさを感じてしまっていた。大山先生の特別授業がなくなり、そして晴子だけの特別問題もなくなってしまったのである。
二学期が始まって、ほどなくして晴子は放課後校長先生に呼ばれて校長室に行った・・・

目次
  1. 一 晴子と大山先生
  2. 二 理性だけでは
  3. 三 結婚
  4. 四 再出発
  5. 五 夏休み
  6. 六 迷いの中で
  7. 七 医学部
  8. 八 こぼれる愛
著者紹介

著者:盛田五三郎

六十代の初めに心臓のバイパス手術を受け、三本中の一本が直ぐに駄目になり、再手術と言われて鬱状態になりました。再手術をしなくても命は大丈夫ということで、今度はペースメーカ入れました。そして今度はまたステントを入れて今日に至っております。手術以来二十年引き籠り状態を続けて小説を書いております。自称「押し入れ作家」と思っております。原稿用紙一万六千枚が押し入れに眠っております。これが最後と思って、今取り組んでいますのはIQの分配と遺伝子について書いております。自称押し入れ作家は現在八十二歳になりました。最近十三年持つといわれるペースメーカを入れ替えました。私より長生きのペースメーカがわが肉体にあります。

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