憲法ルネサンス ー闇に光をー ご購入はこちら 立憲主義の復元 (憲法と立憲主義)
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本の概要・紹介文

改憲派にも護憲派にも読んで欲しい憲法の真実

 

日本国憲法押し付け論を主張する人たちは、真実を知らずに議論している。

 

人々は自らが信じる事実を望み、信じるものが見えたとき、それが真実であると信じる。

 

日本国憲法は敗戦後の被占領下で、連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官(SCAP)のダグラス・マッカーサーが押しつけた憲法だと信じる国民は多い。マッカーサーでさえだまされていたのではないかと疑う国民はほとんどいない。憲法正文の日本語とGHQが了解した公式英語訳の間に矛盾があることをほとんどの国民は知らない。時として、日本国憲法をマッカーサー憲法と呼ぶ人もいるほどだ。原案を作成したGHQ幕僚部民政局の名を冠してGHQ憲法、あるいは民政局憲法と呼ぶ人もいる。

 

芦田修正という言葉はあるが、吉田憲法、吉田修正という言葉はない。理由は単純である、憲法制定過程で吉田が果たした役割は、周到に隠蔽され、抹消された。左右の違いは押しつけられて良かったと思うか、良くなかったと思うかにすぎない。果たして現行憲法はGHQに押し付けられたのか、日本側がそれを改ざんし、マッカーサーや民政局も欺いた可能性はないのか、その疑いを研究者、ジャーナリストは検証することはない。彼らはチャールズ・ルイス・ケーディスの証言に頼って、憲法制定過程を解釈する。すべての重要な関係者が死亡したのちの証言である。

 

GHQの上部組織であり、11カ国の連合国代表で構成されていた極東委員会とその議長国だったアメリカ合衆国政府も、マッカーサーの独断専行、強圧的占領政策を警戒していた。

 

日米を含む憲法学者の多くが、前文、九条問題に注意を集中し、対米従属条項には目を向けない。それを国民の目から隠すことに加担しているとさえ言える。日本国憲法が、GHQによる押し付け憲法ではない証拠はいくつもある。憲法学者は、それを知っているはずだが、それについて語ることはない。左右にかかわらず、その事実に触れることは戦後日本で最大のタブーである。

 

現行憲法は、GHQの押しつけではない、対米従属条項を巧みに憲法に潜ませたのは、日本側の発意であり吉田茂の陰謀だった。彼の背後には、本国国務省(ジェームス・バーンズ国務長官)とGHQ参謀部参謀二部(チャールズ・ウィロビー准将)がいた。民政局原案、特にその初期稿は現在のドイツ憲法(基本法)や韓国憲法と同様に立憲主義憲法だった。自発的対米従属条項は、1946年8月2日午後の第九十回帝国議会衆議院帝国憲法改正委員会(芦田均委員長)第8回小委員会で、最後に追加された。しかし、同委員会にそれを提案した芦田自身も、その追加に不本意であったことが、速記録からうかがえる。政府側委員として出席していた内閣法制局佐藤達夫次長も、その追加に反対意見を述べていた。

 

日本国憲法は、GHQ原案初期稿の立憲主義憲法が、運営委員会で半立憲主義になり、マッカーサー草案で偽立憲主義、芦田委員会で非立憲主義から最終的に反立憲主義憲法へと変質した。日本国憲法は国の最高法規ではない。司法が行政に従わざるを得なくなるように、憲法から三権分立の規定が消され、憲法の上位に条約が置かれた。その条約とは、五年後の(旧)日米安保条約である。それを保障したのが、現行憲法第九十八条であり、特にその第二項である。日本側の発意で追加された九十八条二項には条約遵守義務だけがあり、条約の違憲性を審判する公的機関は憲法から削除された。初期稿にはそれがあり、芦田も、GHQ側で彼の協力者だった民政局憲法会議運営委員会委員のアルフレッド・ロドマン・ハッシーもだまされていた。その事実は、彼らが作成した憲法普及用のスライドを見ればわかる。しかし、ハッシーが帰国時に持ち帰り、現在、ミシガン大学に寄贈されたコピー以外は残されていない。おそらく、日本側のコピーはすべてが廃棄処分された。しかし、日本国憲法のパラドックスは1955年に出版された「日本国憲法」で、宮澤俊義が指摘し、詳細に論じている。

 

憲法公布も間近に迫った1946年10月21日(月)午後に開かれた枢密院第2回審査委員会で河原春作顧問官は、金森徳次郎憲法大臣に、「条約は憲法に反しても遵守せねばならぬことになったのか」と詰問した。金森はそれに答えられず、将来の解釈に委ねると明確な答弁を避けた。

 

日本は、1951年9月8日、サンフランシスコ市内のオペラハウスで行われた盛大な式典で、講和条約に6人の全権代表が調印した三時間後に、郊外のプレシディオ公園内の陸軍下士官用クラブハウスで、吉田一人が密かに、(旧)日米安保条約に調印した。その条約はジョン・ダレスが準備した不平等条約だった。吉田は、その条約に署名すると若い政治家の将来に傷を付けるからと、同伴していた側近の池田勇人にも連署を求めなかった。彼は、それが対米従属条約であることを知っていた。巣鴨刑務所から釈放された岸信介と、公職追放を解かれた鳩山一郎は、その不平等条約を知り愕然とした。

 

九十八条に第二項を追加する名目は国際協調主義だった。この条約遵守義務条項を憲法に加えるには複雑な変遷があった。あたかも、いくつかの偶然が重なったかのように粉飾された。そこで重要な役を目立たぬように演じたのが、バーンズ、ウィロビー、吉田である。

 

国際協調主義は芦田をだますための疑似餌だった。この条項が謳う国際協調主義は対米従属の別名にすぎなかった。現に、死刑廃止の国連勧告、子供の権利条約に関する国際人権委員会勧告、ILO(国際労働機構)の労働基本条約、国際捕鯨委員会勧告などは無視され続けている。九十八条二項が法廷で実際に使われたのは、1959年12月16日の砂川事件最高裁田中耕太郎判決だけである。それは、最高裁判例となり、今も憲法と同等の有効性を持ち、下級審を拘束している。

 

民政局で原案検討中の運営委員会内では、チャールズ・ルイス・ケーディス陸軍大佐とアルフレッド・ロドマン・ハッシー海軍中佐の激しい対立が続き、収拾がつかなくなっていた。彼らの対立は、基本的人権を永久の権利とするか、それを審判する義務を最高裁判所に負わせるかをめぐる考えの違いだった。

 

原案締め切りの前日になっても二人の対立は解消せず、上司であるコートニー・ホイットニー陸軍准将に決定が委ねられた。彼は、玉虫色の妥協案(現行九十七条)を出し、それによって、日本国憲法はハッシーの憲法哲学とは異なる方向、すなわち立憲主義を否定する方向に向かうことになった。ホイットニーの提案はケーディスとハッシーの顔を立てるものだったが、実質上はハッシーの切り捨てだった。

 

二人の基本的対立は、憲法の上位にあるのは国民の意思だけあり、憲法のすべての条文は、国民の意思で変更できなければならないと考えるケーディスと、憲法の上には国民の意思であっても変えてはならない、人類に共通する普遍的道徳律があると考えるハッシーの違いだった。日本国憲法の二年後に制定されたドイツ憲法(基本法)はハッシーと同じ立場に立っていた。民政局内でもハリー・ワイルズやジョージ・ネルソンはハッシーと同じ考えだった。彼らは、国民の意思であれば、どの条文でも自由に変更できるなら、日本は再びファシズムへの扉を開くだろうとも、普遍的道徳律を否定するなら戦争犯罪を裁く根拠がなくなるとも主張したが、ホイットニーはその論を採用しなかった。それを認めれば、原爆を数十万人の一般婦女子に使用したことは戦争犯罪であると主張する極東裁判の日本側弁護人に反論できなくなるからである。

 

芦田は戦前から反軍、反翼賛のリベラリストの立場を貫いていた。しかし、彼が吉田の陰謀に気づいたときはすでに遅かった。吉田は偽装平和主義、対米追随の司法を完成させていた。それを実践したのが、独立後初代の最高裁長官に任命された田中耕太郎であり、石田和外最高裁事務局人事課長(独立後第4代最高裁長官)だった。

 

芦田、ハッシーの死は、あまりにも早かった。彼らの不審死には陰謀の影が漂うが、それについて決定的証拠はない。ただし、関係者がすべて死亡したあとのケーディス一人の証言に頼る学者、研究者、ジャーナリストの日本国憲法成立史をそのままに信用してはならない。

 

本書が提案する憲法改正案は、民政局原案初期稿にあった立憲主義を復活させ、芦田とハッシーが追究した憲法の理想を、現在に生かそうとする試みである。これが、最終とも最善とも考えていない。今後の議論の参考になることを祈るのみである。時節柄、出版を急ぐため、また筆者や協力者の健康上の理由で、十分に推敲できなかったことを許していただきたい。

書籍冒頭のご紹介

献辞

本書を泉下の山本宣治、鶴見俊輔に捧げる


山本宣治(1889.5.28-1929.3.5):生物学者、政治家。山本亀松と多年の長男として京都で出生。両親が結ばれたプロテスタント系四条教会で受洗。体調不良のため神戸中学校中退、現在の宇治市に家族で移住、その後、大隈重信邸で園芸を修行し、カナダに渡って生物学を学ぶ。ダーウィンの進化論を知りユニテリアン教会に移る。5年後に帰国、同志社普通学校に編入学し、東京帝国大学(動物学)、京都帝国大学医学部大学院の博士課程に進む。中退後、京都帝大講師、同志社大講師となる。大学院の研究テーマは「イモリの精子染色体」。性教育、産児制限運動などの社会運動に関わるようになり、治安維持法違反容疑で大学を追われ、政治家に転身。第一回普通選挙(1928.2.20)に労働農民党から立候補し当選(京都二区)、翌年、思想犯の最高刑を死刑にする治安維持法改正に反対する国会演説を予定していたが、改正案が勅令法として成立したため、演説の機会を失う。その夜、定宿にしていた神田の旅館(光栄館)で、内務官僚(戦後、代議士)が放った右翼青年の凶刃に倒れる。妻千代は竹久夢二の美人画モデル。


鶴見俊輔(1922.6.25-2015.7.20):哲学者、社会運動家。鶴見祐輔(政治家)と愛子の長男として東京で出生。母方の祖父は後藤新平。日米開戦により、ハーバード大学(哲学)在学中に逮捕され、強制収容所に送られたが、収容所内で書いた論文を認められ、大学を卒業し、捕虜交換船で帰国。その後、出征し海軍に所属、アメリカ軍の無線傍受、諜報を担当した。日本政府を批判しながら帰国した理由を「日本語を話す人々に囲まれて死にたかった」と述べている。1960年の安保改定に反対し、「声なき声の会」を結成、それを母体に「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」が結成された(1965)。マルコム・Xを日本に紹介した長田衛と東北大学で共同講演(1966)、米軍脱走兵を匿い国外亡命を支援(1967)、同志社大学の警察機動隊導入に抗議し大学を辞す(1970)。後年、長田との共同講演で司会を務めた元東北大生と再会、「君は数年後の全共闘運動を私に予感させた最初の学生だった」と述懐(2005)、「九条の会」発起人だったが絶対護憲論には否定的だった。


巻頭言

権力者みずからが裁判権を行使しても、権力者に任命された裁判官が行使しても、市民の普遍的自由に対する危険性は変わらない。裁判官は権力に従う官吏であり、権力者の意思を実現する道具にすぎない。

(アンゼルム・フォイエルバッハの言葉を一部変更して拙訳)

補:原文は「üben das Gerichtsbarkeit aus(裁判権を行使する)」ではなく、「üben das Strafrecht aus(刑法を行使する)」。参考:福井厚訳 [参考文献(2)]、浅田和茂試訳(私信)。


ドイツ語原文:

Der Gewalthaber im Staat übe das Strafrecht aus in eiger Person, oder durch von ihm bestellte Richter, so ist die Gefahr für die allgemeine Freiheit gleich groß. Denn diese Richter, als seine Beamte abhängig von ihm, sind nur die Werkzeuge seines eigenen Willens.

英文拙訳:If the powerholder of the State practices criminal law to their people, or does it through judges appointed by them, the danger to general freedom is the same. These judges as the officers depending on the powerholder, are just the tools of their own will.


アンゼルム・フォイエルバッハ(1775.11.14–1833.5.29):ドイツ近代刑法の父、バイエルン刑法典草案の起草者。彼の刑事訴訟法(未完)の当初案は、古代ユダヤ法を取り入れ「二人以上の証言が細部において一致しないかぎり有罪判決を下してはならない(旧約聖書モーゼ第五書)」とあった。彼に先立ちイタリアのチェザーレ・ベッカリーア(1738-1794)が王権による専政政治、カトリックの宗教裁判を徹底的に批判してまとめた基本概念を、フォイエルバッハが「罪刑法定主義」として定式化した。イタリアルネサンス時代(14世紀末-16世紀前半)とドイツバロック時代(16世紀前半-18世紀前半)は魔女裁判の最盛期だった。ドイツだけで約20万人が処刑された。当初は、社会で孤立し、妬まれ、嫌悪された更年期の女性が魔女とされたが、仲間を密告すれば罪を軽くすると利益誘導され(=日本型司法取引)、魔女(男性を含む)の数が急増し、結果的に自供者を含むほぼ全員が処刑された。ルートヴィッヒ・フォイエルバッハ(1804-1872)はアンゼルムの四男で、カール・マルクス(1818-1883)は彼の「自己疎外論」に強い影響を受けた。ドイツ魔女裁判はJ.S.バッハ(1685-1750)の死後25年目に終息し、その年にアンゼルムが誕生した。

目次
  1. 第1部 Lightening Rod
    1. 献辞
    2. 巻頭言
    3. はじめに
    4. 序にかえて
      1. 1.「改正せず変更できる憲法」
      2. 2.立憲主義憲法の条件
      3. 3.吉田の陰謀かマッカーサーとの共謀か
      4. 4.不毛な憲法論争
      5. 5.神学的憲法論
      6. 6.昭和憲法は冷戦の申し子か
    5. 第1章 立憲、非立憲あるいは憲法の自己矛盾
      1. 1.日本社会の劣化
      2. 2.民主主義と基本的人権の矛盾
      3. 3.反立憲主義条項
      4. 4.民政局原案から日本国憲法へ
      5. 5.立憲から偽立憲へ、非立憲から反立憲へ
      6. 6.憲法の最終解釈権
      7. 7.憲法の闇
      8. 8.憲法の実効性
      9. 9.アメリカ側5人のキーパーソン
      10. 10.日本側5人のキーパーソン
      11. 11.トルーマンとマッカーサー
      12. 12.バーンズ声明
    6. 第2章 憲法の再生
      1. 1.民政局原案とドイツ憲法(基本法)
      2. 2.自発的対米従属憲法
      3. 3.対案無しという対案
      4. 4.条約遵守義務と憲法裁判所
      5. 5.対米従属は自発的か押しつけか
      6. 6.国際協調主義と対米従属
      7. 7.対米従属と親米の違い
      8. 8.アメリカに追放された政治家たち
      9. 9.保守本流の崩壊
      10. 10.最高法規
      11. 11.憲法の自己矛盾
      12. 12.伝統と憲法
    7. 第3章 憲法改正私案
      1. はじめに
      2. 「前文」
      3. 第一章「天皇」
      4. 第二章「戦争の放棄」
      5. 第三章「国民の権利および義務」
      6. 第四章「国会」
      7. 第五章「内閣」
      8. 第六章「司法」
      9. 第七章「財政」
      10. 第八章「地方自治」
      11. 第九章「修正」
      12. 第十章「最高法規」
    8. 第4章 憲法改正に伴う新法の制定、及び関連法改正案(一部)
      1. (1)憲法裁判所法の制定
      2. (2)裁判所法の改正
      3. (3)公職選挙法の改正
      4. (4)皇室典範の改正
      5. (5)刑事訴訟法の改正
    9. 第1部 注

  2. 第2部 Darkening Louis
    1. 第1章 憲法の闇と光
      1. はじめに − 時代が神話を求める –
      2. 1.対米従属の起源
      3. 2.帝国憲法改正案と民政局原案
      4. 3.押しつけ憲法論
      5. 4.原案初期稿から正文までの「最高法規」
      6. 5.九条と自衛隊
      7. 6.いわゆる「七条解散」の違憲性
      8. 7.統治行為論と条約遵守義務
      9. 8.憲法普及会
      10. 9.護憲派の憲法神話
      11. 10.原案から草案へ
      12. 11.民政局憲法会議
      13. エピローグ
    2. 第2章 民主主義と立憲主義
      1. 1.第一回普通選挙
      2. 2.吉田茂の親英米主義と植民地主義
    3. 第3章 憲法ルネサンス — 闇に光を —
      1. 1.立憲主義と法治主義
      2. 2.平和主義と戦争特需
      3. 3.Lightening Rod & Darkening Louis
    4. 第4章 民政局原案初期稿から日本国憲法に至る変遷
      () 内は、初期稿または修正稿の起草者、責任者
      1. (1)前文(ハッシー)
      2. (2)第二章第九条(ハッシー、芦田)
      3. (3)第三章第十四条、第一項、第二項、第三項(ロースト)
      4. (4)第三章第二十七条(ロースト)
      5. (5)第十章第九十八条(プール、ネルソン)
      6. (6)戦後日本の運命を決めた誤訳(外務省翻訳官)
      7. (7)芦田とハッシーの早すぎる死の謎
    5. 第2部 注

    6. 参考文献(出版年代順)
    7. 資料(順不同)
    8. 新聞・報道資料
    9. あとがき
    10. 追記
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