浮世絵ブーム五十年の伝説 ご購入はこちら 東洲斎写楽「西洋人説」の研究
江戸の浮世絵師、東洲斎写楽。 書籍のご紹介動画


本の概要・紹介文

江戸の浮世絵師、東洲斎写楽。阿波藩のお抱え能役者だったとされるその実像は写楽の名声が高騰すると共に疑われて、過去五十年以上にわたって日本中を席巻した写楽ブームの中で正体をめぐる議論が飛び交い、その候補者五十人を超えるといわれる別人説が氾濫した。
本書は数多ある別人説の中でもそのスケールとセンセーションにおいて極北の仮説、近世の江戸を訪れた西洋人画家を写楽の正体とする「西洋人説」を採り上げる。
本能寺の変における織田信長滅亡にはイエズス会をはじめとする南欧勢力の謀略説があり、幕末の坂本龍馬暗殺には欧米列強の陰謀説があるように、日本史上のミステリーとされる出来事を議論する際には決まって飛び出してくる「西洋人の関与」という解釈。写楽の謎もまた例外ではない。写楽ブームにおける「西洋人説」の存在は案外に古く、筆者の調査では昭和四十五年(一九七〇)までさかのぼることができた。当初は素朴な印象論や突飛な語呂合わせから始まったアイデアが、いかにして整備がなされ、仮説としての体裁を整えていったのか。過去五十年間の東洲斎写楽「西洋人説」の成り立ちと展開を追いかける……!

本書で採り上げる先人たちの説
福富太郎の説/木村東介の説/中島節子の説/『TVムック』の説/桂三枝(現・桂文枝)の説/李寧熙の説/フィクションの中の説

書籍冒頭のご紹介

福富太郎(一九三一~二〇一八年)に捧ぐ


〇序

世の中には、実証に足る論拠をまるで伴わない、もしくは事実に反するということが明白にもかかわらず、その検証や周知が不徹底なため、ゾンビのように何度でも再生しては商業メディアと大衆を賑わせるたぐいの俗説や印象論が氾濫している。疑似科学、偽史、陰謀論、都市伝説、フェイクニュース……

こうした言説の再生産が繰り返されるのは何故なのか。その構造について、日本中世史家の呉座勇一は次のように糾弾している。


……ユダヤ陰謀論、フリーメイソン陰謀論、日ユ同祖論、それから「源義経=ジンギスカン」説など、有名な陰謀論・トンデモ説は戦前の段階で既に出揃っている。オカルト・偽史マニアならば、「ああ、またそのネタか」と一笑に付す。だが、こういった荒唐無稽な説は、インテリが普段読むようなまともな本には出てこない。だから、たまたま目にすると、とても斬新で画期的な説に映り、コロっと騙されてしまうのである。オカルト色の強い教義を持つオウム真理教に多くの高学歴者が引き寄せられたのも、このためだろう。

第六章で述べたように、本能寺の変家康黒幕説は、明智氏(明智憲三郎。『本能寺の変・431年目の真実』他、著書多数――引用者注)の独創ではなく、以前から幾人かによって唱えられている。だが単なる歴史愛好家だと、本能寺の変の論争史を詳細に把握してはいない。結果、「四百三十年に渡って誰からも聞いたことがない答」という煽り文句を鵜呑みにしてしまう。カリスマ予備校講師の出口汪氏も、明智氏の説を「様々な史料を駆使し、既成の歴史をひっくり返した衝撃の書。新しい歴史の始まり」と激賞していた。

――呉座勇一『陰謀の日本中世史』(角川新書、二〇一八年)


現実にはとうに手垢にまみれた旧来の俗論ではあっても、それらに初めて接する初心者や入門者にとっては「いまだかつてなかった画期的な新説」と変わらないわけだ。

また、偽史研究家の原田実は指摘する。


自分の情報収集能力や知的能力に自信のある人ほど、初めて聞く話や、考えもしなかったような話が出てくる本を過大評価してしまう傾向があるんですね。その話が専門家や好事家たちの間ではすでに知られていることだということには気づかないんです。

――斎藤光政『戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」』(集英社文庫、二〇一九年)


やはり原田実は、いわゆる知識人や文化人、特定の分野で実績を上げた著名人たちですら与太話にたやすく引っかかるという傾向について、ヴェリコフスキー説をめぐる論争を引き合いに出して、こう論じている。


精神分析医のイマニュエル・ヴェリコフスキー(一八九五~一九七九)は、一九五〇年に『衝突する宇宙』という書物で、古代の地球が土星、水星、金星、火星などの天体と次々接近したために大災厄が引き起こされ、その人類の共有体験が聖書をはじめとするさまざまな神話の原型となったという説を唱えた。

テレビ番組『コスモス』(日本での放映は一九八〇年)の監修・進行で有名な天文学者・SF作家のカール・セーガン(一九三四~一九九六年)は、ヴェリコフスキーのでたらめな天文学的推論には辟易したが、聖書やエジプト史、古代メソポタミア史などの斬新な解釈にいい意味で驚かされた。

ところが、古代中東史を専攻する教授とヴェリコフスキーについて議論した時、その相手は逆に、天文学的解釈に感銘しつつ、古代史の新説をナンセンスと切って捨てたという。

自分の専門に関することではおかしさにすぐに気づく人でも、それから外れた領域では荒唐無稽な説を受け入れ、素直に関心するということは大いにありうるのである。

――原田実『江戸しぐさの正体』(星海社、二〇一四年)


たとえ有識者として世間一般に認知された著名人であったところで、専門外の領域については一般の素人と大差がない。いいや、なまじ自らの知見や判断力に自信を持つだけ、予備知識を持たず先行研究をよく知らないまま、センセーショナルだが大して根拠がない説明に安直に与するということは容易に起こり得るのだ。

本稿で筆者が採り上げようとする話題もやはり、世の中から忘却されるたびにどこからか舞い戻り、センセーショナルに世間を騒がせてきた「ああ、またそのネタか」の一事例である。

目次
  1. 〇序
  2. 〇福富太郎の説
  3. 〇木村東介の説
  4. 〇中島節子の説
  5. 〇『TVムック』の説
  6. 〇桂三枝(現・桂文枝)の説
  7. 〇李寧熙の説
  8. 〇結に代えて――フィクションの中の説
著者紹介

著者:弐鳥傘寿

歴史オタクから転向して、偽史、陰謀論、通俗歴史解釈等々にもっぱら視線をそそぐトンデモ歴史ウオッチャー。もともとは歴史上の話題を仕事のネタ探しとして調べていたものの、巷間に氾濫する言説には誤謬や歪曲、脚色、捏造のたぐいがまことに多くて、落とし穴にはまることもたびたび。現在では歴史を追いかけるより、歴史のトンデモを追いかける方ですっかり手一杯の状態に。人間はどうして歴史を書き換えようとするのか。歴史の真実を明らかにすることは途方もない困難ですが、歴史のトンデモを明らかにすることでしたら微力なりともきっと貢献できるはず。京都市在住。

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